楽屋的日常

2/11(火)〜2/18(火)。鹿児島〜屋久島への旅。アンニャが「サイクリング屋久島」に参加するので、ついて行く。鹿児島県に入るのは初めてのこと。鹿児島市は想像よりずっと都会で、屋久島は想像よりずっとけわしく、神秘的だった。人々がみんな友好的で、終始とても気持ちよく過ごすことができた。鹿児島ならではの食材もいろいろいただいた中で、黒豚のうまさにとくに衝撃を受ける。脂身までうまい。揚げたてのさつま揚げやキビナゴもうまかった。鹿児島では、さつま揚げのことを「つき揚げ」と言うらしい。小さな魚、キビナゴを、鹿児島では刺身・天ぷら・塩焼き・フライと、さまざまな調理法で食べる。銀色に輝く刺身が美しく、酢みそによく合う。飲むのはやはり芋焼酎。鹿児島の酒場では「黒瀬」「伊佐美」「白金の露」、屋久島では「三岳」「水の森」などを飲んだ。あらかじめ水と合わせておき、それをあたためて飲む「前割り」と言う飲み方が新鮮だった。とくに「石蕗(つわぶき)」という酒場でいただいた8:2の前割り燗が良かった。UFOのような形をした独特の酒器「黒じょか」がかっこいい。丸かったり四角だったりといろいろな形があり、集めたくなる。

2/16(日)、荒天の中「サイクリング屋久島」が開催される。公式サイトを見ると、「イベントは無事終了いたしました。屋久島らしい天候の中、皆さん大変お疲れ様でした!」とある。あのような暴風雨が、おそらく屋久島では日常的なのだろう。すごいところだ。わたしもホンダスーパーカブをレンタルして追走したが、とても島を1周することはできず、恥ずかしながらコースの半分ほどで折り返す。今回で10回目となる「サイクリング屋久島」史上、もっともひどい天気だったらしい。そんな状況の中、アンニャもがんばった。残念ながら島1周100km完走とはならなかったが、一番の難関と言われる一湊(いっそう)集落のアップダウンを暴風雨の中クリアして、58km地点まで走ったというのはすごいことだ。感動すらした。大会後に催された後夜祭では、参加していないわたしまでご馳走になり、申し訳ない気持ちになる。天気は厳しかったものの、何ともゆるい雰囲気で、島の皆さんの人柄の良さがひしひしと伝わる、素敵な大会だった。わたしが大会に参加することはないと思うが、必ずやまた訪れて、さらに屋久島の自然を体感したい。

2/3(月)。店に来ると、階段から廊下にかけて殻付き落花生がいくつか落ちていた。いつもこの光景を見て、今日は節分かと思い出す。
2/4(火)。秋田県湯沢市にある「とことん山キャンプ場」に出かける。初めての雪中キャンプ。村上とはまったくちがう雪の量に驚く。テントを持ち込んでの利用料が1泊830円と格安。24時間入り放題の温泉があるのもありがたい。能代から南下してきた友人とふたり、焚火をして、行きに買った白鷹町の馬刺と焼酎のお湯割りをいただく。
2/6(木)。水道が凍結。今季初の寒波でいきなりやられるとは思わなかった。水曜日帰って来てから水道をチェックすべきだったと反省。この日はあえなく臨時休業。
2/7(金)。元栓やパイプに熱湯をちょろちょろかけて、解凍作業。なかなか手強い凍結だったが、やっと水が復旧し、開店することができた。静かな花金の夜、以前より来ていただいているご家族のご来店あり。お父さんはフォーク好きで、お母さんはロックが好き。ディラン・セカンドやクイーン、スティービー・ワンダーなどを順番にかける。
2/8(土)。めずらしくにぎやかな土曜の夜。おひとりのお客さんからベン・ウェブスターのリクエスト。楽屋にはベン・ウェブスターは「ソウルビル」一枚しかないのでそれを引っ張り出すと、それ以外はないかと問われ、申し訳ありませんが…となる。その場はしかたなく「ソウルビル」をかけたが、そのお客さんが帰ったあと、アート・テイタムのリーダー作でいいのがあったと思い出す。が、あとの祭り。次回彼が寄ってくれたら聴いていただこう。
2/9(日)。オグリンさんの楽屋生音日曜版。オグリンさんには日曜版で何度か演奏していただいているが、クラシックギターソロという形では初めてのこと。ショパンからビートルズ、ルパン3世までと、なかなか渋い選曲でしっとりと楽しませてくれた。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディー」にはびっくり。あの大曲をギター1本で表現するのはさぞ大変だろうと思いきや、なるほど、見事にボヘミアン・ラプソディーだった。さらに磨きをかけてまた演奏していただきたいものだ。夜もふけたころ、カウンターで久しぶりにオグリンさんと語らい、何だか懐かしい気持ちになる。
2/10(月)。祝日前とあってか、大いににぎわう。新潟よりうれしいお客さんあり。えちごワンデーパスを駆使し、小千谷まで南下してから、村上に北上してきたとのこと。ワンデーパスをここまでフル活用する人もなかなか少ないだろう。4月28日(火)、underにて「レコードパッチン」開催が決定し、関係者が楽屋で打ち合わせ。いつもわたしも参加させていただくDJイベントで、今回は楽屋が休みの火曜日に開催してもらえてうれしい限り。今回のお題は、女性ボーカル。何とも幅の広いシバリだが、とても選び甲斐がある。実に楽しみ。
1/27(月)。シーナさんが持って来てくれたCDを聴く。スティーリー・ダンのライブ盤「Alive In America」と、様々なミュージシャンが参加したライブ盤「The New York Rock And Soul Revue ~ Live at the Beacon」。完璧主義者と言われるドナルド・フェイゲン率いるスティーリー・ダンは、ライブでもやはり完璧な演奏を繰り広げていた。ライブ・アット・ビーコンでのフィービ・スノウがかっこいい。
1/30(木)。大きめの団体さんご来店。新年会の流れがほとんどなかった1月だったので、実にありがたい。
1/31(金)。ふみさんのリクエストでバッド・カンパニーを聴く。ふみさんに教わるまで知らなかったが、ポール・ロジャースがフリーのあとに結成したバンドとのこと。シンプルなロックが心地いい。
2/1(土)。午後、村上教育情報センターに、クラシックギター同好会カポタストの定期演奏会を聴きに行く。この演奏会も今年で31回を数える。すごい。パッヘルベルのカノンの二重奏がとても良かった。
夜、カポタストの皆さんがニ次会でご来店。演奏会が終わったあとのお酒はことのほか美味しいだろう。ベテランの西坂さんが、おもしろい歌と軽妙なトークで皆さんを笑わせていた。ギターの腕前といい話術といい、実に芸達者な方だ。
閉店後、under。シンさんとユキさんのDJを聴きに行く。あいにくシンさんのDJには間に合わなかったが、着いたときちょうどユキさんが回していてうれしかった。まったく知らない曲ばかりだが、どれもかっこいい。ユキさんのセンスに脱帽。その後、ユーくんやタキオくんのDJも楽しんで、わりと健全に帰宅。いつもハッピーな気分にしてくれるunderの存在に感謝。
2/2(日)。早い時間に新潟からのお客さんあり。浅川マキの「灯ともし頃」をかけると、その方も浅川マキが大好きだと喜んでくださり、うれしくなる。その昔関西に暮らしていたことがあるとのことで、「ライブ夜」が録られた京大西部講堂のライブにも行ったという。何とうらやましいことだろうか。浅川マキ談義でしばし盛り上がる。電車の時間があり、短かいご滞在だったが、またぜひゆっくりお話を聞かせていただきたいと思う。
1/21(火)。古町のロックバー、UFOでラム酒を飲む。いつまでもあってほしい酒場。
1/22(水)。午前、イオンシネマで「パラサイト〜半地下の家族」を観る。想像以上に強烈な映画だった。役者全員の迫真の演技がとてつもなく素晴らしい。韓国の国民食、ジャジャンミョン(ジャージャー麺)が食べたくなる。

1/23(木)。静かな夜。ただひとり来て下すったショウさんと「ボヘミアン・ラプソディー」の話で盛り上がり、クイーンのアルバムを数枚聴く。

1/25(土)。17時からのご予約分の料理を数品こしらえる。ジャガイモと長芋をいただいたので、中国の家庭料理「酸辣土豆丝(ジャガイモ千切りのすっぱ辛炒め)」と「長芋の醤油焼き」など。ご予約以外にもお客さんが多数あり、土曜日には珍しく、かなりにぎやかな夜になる。町内の新年会の流れで来て下すったソーマツの皆さんに感謝。

1/26(日)。大相撲初場所千秋楽で、徳勝龍が幕尻優勝という快挙を成し遂げる。優勝インタビューで笑いと涙を提供し、一気に人気が高まったはず。今場所は豊栄出身の豊山も11勝を挙げ、これからの活躍にますます期待が高まる。夜、瀬賀さんによる楽屋生音日曜版。井上陽水の曲を淡々とクールに弾き語る30分となる。
1/20(月)。夕方、「音楽にかまけて」をやっと入稿し、楽屋開店。ひたすらチェット・ベイカーを聴く。やはり「イン・トーキョー」はいい。冷たい雨の降る夜、結局誰も来ず、久しぶりにゼロデーとなる。夜中、ろくでなし横田さんと電話で話す。お元気そうで何より。楽屋でまた上映会が実現しそうで、実に楽しみ。
1/19(日)。シリー・スナフキンのおふたりによる楽屋生音日曜版。ギタリスト兼ボーカリストmasaさんとボーカリストよっぴーさんから成るシリー・スナフキンは、わたしのちょっとしたひとことから結成に至ったらしいが、実はそのひとことを発した記憶がない。masaさんよっぴーさん、申し訳ありません。しかしこのおふたりが素晴らしいデュオであることはまちがいないのだし、いきさつはどうあれ、おふたりが楽屋で演奏してくれるのは毎回とてもうれしいことだ。今回もハイレベルなオリジナル曲をたっぷり聴かせていただいた。「25時の薔薇」という曲は、詞曲ともに素敵な曲だと思う。masaさんとよっぴーさんの夫婦漫才的な掛け合いも楽しく、エンターテイメント性の高い日曜版となった。
1/17(金)。浅川マキの10回忌。この日も彼女の歌を聴く。金曜だったので、にぎやかになるかもしれないと少し不安だったが、幸か不幸かこの晩はとても静かで、ゆっくり歌を楽しむことができた。浅川マキを聴くために数人のお客さんが来てくれたのもうれしかった。最後に「STRANGER'S TOUCH」を久しぶりに聴くと、内容をかなり忘れていて、こんな曲も入っていたのかと新鮮な気持ちになる。前衛的でなかなかいいアルバム。またちょくちょく聴こうと思う。

Black(1991)
Underground(1987)
マイ・マン(1982)
寂しい日々(1978)
スキャンダル(1982)
灯ともし頃(1976)
アメリカの夜(1986)
こんな風に過ぎて行くのなら(1996)
LIVE(1972)
浅川マキの世界(1970)
STRANGER'S TOUCH (1989)

1/13(月)。新潟のシンガーソングライター、クマガイマコトさんの楽屋ライブ。りえこさんとそのお仲間たちが前座を務めてくださり、よりぜいたくなライブとなる。ギターのyukiさんとベースのらくさんには何度か楽屋でりえこさんに仕えていただいているが、二胡のいづみさんの共演は今回が初めて。二胡の音色が加わって、りえこさんの歌がいつもよりエキゾチックになった。

ややあって、クマガイマコトさんの弾き語り。クマガイさんのライブには遠方よりいつも多くのファンが集まる。実にありがたい。ライブ中のMCで、クマガイさんがわたしと知り合って15年くらいになると話していたが、もうそんなになるのかと何だか感慨深いものがあった。クマガイさんが新潟東堀でやっていたバー、AQUAQU(アクアク)で、よく酩酊していたころが懐かしい。今は音楽一本で活躍するクマガイさんのバイタリティーは、いつもいい刺激になる。この日もクマガイさんならではのオリジナル曲を弾き語ってくれた。「狂ったピアノ」は相変わらず聴き心地がいい。

1/16(木)。ツヨシくんがunderのチラシを持って来てくれる。今回のチラシもまた秀逸な出来で驚く。レゲエ映画「The Harder They Come」のサントラジャケットのパロディーチラシ。ますます腕を上げるノリボーくん、おそるべし。わたしも参加させていただいているイベント「レコード・パッチン」もそろそろまた企画しようという話になる。次回のお題は「女性ボーカル」、4月末あたりになりそうだ。とても楽しみ。

1/12(日)。午前、久しぶりにお城山。135mの山を登るのにもハアハアゼイゼイとなる。ドイツ生まれのポケットストーブを持参し、湯を沸かしてコーヒーを淹れる。お城山の上で飲む初めてのコーヒーはうまかった。

夜、村上個人囃子こと菅原さんによる楽屋生音日曜版。2020年一発目の日曜版を、菅原さんのサックス&トークで飾っていただく。今年一発目ということで、1曲目は「ファースト・ラブ」。この曲は知らなかったが、次の「セカンド・ラブ」は懐かしい曲だった。菅原さんの衣装を見て、彼の町内を言い当てるお客さんあり。見てすぐわかる方、そういう衣装を着る方、双方から村上愛を感じる。
静かな連休中日であっても、カウンターに常連さんが集い、うれしい夜となる。遅い時間に寄ってくれたイーライの弾くギターを初めて聴き、驚く。日曜版にぜひ参戦してもらいたいフラメンコギター。夜もだいぶ更けたころ、ふと聴きたくなったキング・クリムゾンの「アース・バウンド」をかけて、本日の打ち止め。

1/11(土)。7日に急逝した「びすとろ驛舎(えき)」のママさんの告別式。あんなに元気だった人が亡くなるというのは信じられない。

しばらく離れていた村上に帰ってきた1998年ころから、ちょくちょく寄るようになったびすとろ驛舎。スナックでも居酒屋でもない、村上にはなかなかない独特の雰囲気を持つ小さな飲み屋で、「びすとろ」と呼ばれて、地元民だけでなくALT(小中高の英語助手)の皆さんにも親しまれていた。小柄で快活なママさんが1人で切り盛りしていて、ママさんのお客との距離感がちょうどよく、とても居心地が良かった。わたしはそこで、ボトルごと出されるジンを炭酸で割って飲んだ。何杯飲んだかを自己申告するのだが、計算したとは思えない安値に毎回申し訳ない気持ちになった。

びすとろの場所は、まさに村上駅前、瀬波タクシーのとなりだった。楽屋を瀬波タクシービルの2階に作ると決めたわたしは、びすとろの目と鼻の先に似たような店を開くことをどうママさんに言えばいいのか悩んだ。着工にかかる少し前、思い切って打ち明けると、それはいい!と笑顔で喜んでくれたママさん。商売ガタキになんかなりっこない。かえってお客さんが回るようになるから、駅前に店が増えるのは大歓迎と言うママさんが、わたしには観音様のように思えた。楽屋開店の日、ママさんは果物とジンのボトルが入ったカゴをお祝いに持ってきてくれた。その後も「この人よろしくね」とお客さんを連れてきてくれたり、びすとろのお客さんも楽屋のお客さんとなってくれて、「下の店(びすとろ)」「上の店(楽屋)」と呼ばれたりと、大先輩のびすとろに生まれたての楽屋はずっとお世話になっていた。

びすとろを閉めると聞いたときはショックだったが、ママさんは変わらず元気で、長年開け続けたびすとろの幕をさばさばと閉じる姿は、何だかかっこよくすら感じた。ここ何年か会っていなかったが、6日の晩に突然倒れ、翌日眠るように息を引き取ったという。倒れる日も日中元気に車で買い物に出かけていたというから、実にママさんらしい、あっという間のクールな幕引きだったと思う。

1/8(水)。荒天。こんな日は誰も来ないのではと思っていたら、悪天候の中を寄ってくれる方が数名あり、ありがたい。金沢レコードジャングルで仕入れたCDをさっそく聴いてみる。イオン・ペトレ・ストイカンという、ルーマニアのロマのバイオリニストがリーダーで出したアルバムがなかなか良い。まったく知らない名前で、ほぼジャケ買いに近い買い方だったが、これはアタリ盤と言っていいと思う。さらにじっくり聴きたい。

1/9(木)。そろそろ新年会の流れでお客さんがあるかなと思いきや、まったくそんなことはなし。閑古鳥の鳴く中に寄ってくれたお二方としばし話し、よしだたくろうなどを聴く。

1/7(火)。楽屋の常連さんであったセトくんが金沢で先月お店を出したので、激励に出かける。昼過ぎに金沢に着き、まずは浅川マキの墓参り。ようやく見つけた墓は、とても小さく、ただ静かに雨に打たれていた。彼女がライブ中に吸っていたピースライトを供えて、しばしぼう然とする。この墓にミチロウさんも訪れたのかと思うと、よけいに寂しくなる。この1月17日で、はや10回忌。地元金沢でも追悼ライブが開かれるとのこと。


街なかへ向かう道すがら、「レコード・ジャングル」に立ち寄り、猟盤。ものすごい量にたじろぐ。フリートウッド・マック「噂」、ザ・ヘア「R&B天国」、イオン・ペトレ・ストイカン「これぞルーマニアン・ジプシー・アンサンブル」のCDを購入。

夕方、「ゑびす」というおでん屋で少し飲んでから、セトくんのお店「雷風海南鶏飯(ライフーハイナンジーファン)」。清潔な店内と服装で、セトくんは奥さんとふたりでがんばっていた。看板メニューのシンガポール流チキンライス「海南鶏飯」をお願いして、ビールを飲む。早くもいい常連さんに恵まれているようで、その方々とも村上や酒の話で盛り上がる。村上好きのセトくんらしく、大洋盛の紫雲をレギュラーメニューに配しているのが村上人としてうれしくなる。丁寧に盛りつけられた海南鶏飯が供された。やわらかい鶏肉と鶏だしで炊かれたジャスミンライスがとてもうまい。中国南端の海南島出身の華僑が各地に広め、シンガポールでは国民食となり、タイではカオマンガイと称される、東南アジア全域で人気のある鶏ごはん。東京には専門店があってだいぶ市民権を得ているようだが、金沢でもぜひ人気料理となってほしい。店名に冠された雷風(ライフー)は、名字の瀬戸の中国語読みライフーとかけた、セトくんの遊び心。

閉店後、セトくんと常連さんがわざわざわたしに付き合ってくださり、3人でジャズ喫茶YORKへ。3度目の金沢でようやく行くことができた金沢随一の老舗。入った瞬間、あまりの良さにウワと声が出る。京都にろくでなしあり、新潟にUFOあり、金沢にYORKあり。絶妙な明るさの照明。年季の入ったカウンターは、理想的な高さで座り心地がいい。そしてママさんがことごとく気持ちいいジャズをかける。オリバー・ネルソンのリーダー作でエリック・ドルフィーが参加している「Screamin’ the blues」がいい。金沢人気質や金沢の高級食材、加能(かのう)ガニや香箱(こうばこ)ガニなどの話で盛り上がる。